Tsumami

日々の小さな気づき

お世話様です。瀬汰です。

先日、公開になったばかりの「永遠の門ーゴッホの見た未来ー」を見てきました。

告知のトレーラーを見てからどうしても見たい!と思っていて、そっこうで行ってきました。映画って公開期間短くないですか???わたしはいつも気づいたら見たいと思ってるやつ終わってます。

わたしのようなトロい人間にもご加護を!

 

この映画は、、、

何というのでしょうか、「作品を見た」という感じがしました。

うん、はい、「は?」ってなりますよね。言語化するのって難しいですねぇ!!でもやってみます。

映画というものは、メッセージ性の強い映像媒体と思っていたのですが、「永遠の門」は、絵画を見ているに近い感覚でした。

場面が描かれる、音楽がある、言葉が散りばめられている

『はい、では。この映画をどのように受け取るかは、どうぞ、これを見たみなさん次第です』と、ポイっと投げられた気がしました。

これまで自分が見てきた映画は、何とメッセージ性が強いものだったんだろうと思い知らされました。

あと、本編中に出てくる風景やゴッホ役の俳優さんの顔が、「あ、これゴッホのあの絵だ」と一瞬で想起させるものでした。あれはすごい。。。

ゴッホはいくつか自画像を残していると思いますが、俳優さんの役作りが凄いのか、画中の配色や光の加減、撮影方法が凄いのか、いやそれらの全てなのでしょうけれども

三次元の映像なのに、目の前の映像が「あの絵」にしか見えないことが何度かありました。

 

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さて。

ゴッホは見えないものが見えたと言います。聞こえない音も聞こえたとか、自分自身の内なるものが、外に漏れ出していく感覚があったとか。

友人に耳を切って送ったというエピソードも、なかなか知られていますよね。

こう書くとアレなんですが、見えないものが見えたとか、自分が外に漏れるとか、耳切って渡さなきゃ!とか、そういう感覚分からんでもないナァ。って思いながら、本編中に出てくるそれらの場面を眺めていました。

 

わたしは一般的なレベルから比べると、音に敏感です。(テレビ好きなんですがいつも音量は2ぐらいです。)

色にもこだわりが強いです。

人の嘘が分かります。(大きな組織は良くも悪くも嘘が多いので、企業人だったときは疲れましたがました。。)

嘘が言えません。

天気・気圧・湿度に敏感です。

体内の圧に敏感です。(うんがいっぱい出ると内圧下がりません??分かります????)

文章を読むのが非常に苦手です。(就活生のとき新聞が読めなくて、えらい落ち込んだもんです)

 

これまで自分のこれらの特性を、「是正しなければならないもの」あるいは、「人や世間から隠さなければならないもの」と思って生きてきました。

理由は2つあります。一つは、社会の組織の中で生きていくにあたって、不利に働く特性だと思い込んでいたこと。

もう一つは、「一般的に見て」それは変だ、なんだそれは、と言われて孤立するのではないかと思っていたからです。

これらの特性は、見えないものが「見える/見えない」とか、うんが出ると体内圧が変化「する/しない」のような、「あるか/ないか」二択のものだと思っていました。

 

でももしかして、見えないものが「有り有りとよく見える〜

なんとなく見える気がする〜

見えないけど感じる〜

見えないし感じないけどそういうこと分かる気がする〜

全然わかんねぇ」みたいな、

ONー強ー弱ーOFF」つまみのようなものなのかな?なんて考えるようになりました。

 

だから、まぁ、調整できたり、一般的にどの辺が平均が分かってるに越したことはないけど、直したり隠したりすることにそんなに躍起になるもんでもなさそうだなぁ。と。

そんなところ労力と時間かけるなら、その分をやりたいことやワクワクすることにかけりゃええよなぁ。と。

で、まぁ。「みんなつまみを持ってる」と思うと、狂人奇人と呼ばれるも、いわゆる一般人って定義される人も、上流階級的な人も、なんか全て一緒だなぁ。というか。だから映画の中のゴッホに、スゴく共感して見ていました。

 

あーあー、何か、「耳切って渡したい」つまみがめっちゃ「強」に振れたんやなぁ、わいもそういうことあるかもしらんなぁ分かるわ。みたいな。

 

以下はちょっと映画のネタバレなので、知りたくない方はお気をつけて。

 

本編中、療養院にて暮らす晩年のゴッホに、牧師がこう言う場面があります。

 

『神は、お前を苦しめるために絵の才能を与えたのか?』

 

この言葉がえっらい、心が魚釣の針に釣られたようにひっかかっています。でもまだ釣られた理由がわかりません。

生きていればそのうち答え合わせの時期が来ると思うので、そのときまで大切に取っておきたいと思います。

 

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さて、映画を見て感じたことをもう一つ。

絵画は作者が死んでから評価される、ということがありますが、それって一体何でなんやろう??と疑問です。単純に、昔は拡散の手段がなかったこと、アナログなので流通に時間がかかったこと、時代背景などもあるのかな・・・?

ぽっと浮かんだのが、

「え、あいつが描いた絵でしょ?いらんいらん。」

ってなってたんかな。とか。

絵は作者の分身、その人自身とも言えます。作品が一人歩きしていくまでは、作者の人柄がついて回ります。作品を認める・称賛することは、作者自身を肯定することです。

作者が自分の知っている狂人だったり困った人だった場合、作品を見た人は、なかなかそんなことはできなかったんだろうな。。ゴッホの生きた時代的には。。。なんてことも思い巡らせました。

 

思っている以上に意外と、作品と作者を切り離すのは難しいものです。

逆に言うと、それがあるから、いい絵を見たときに「作者に会いたい」って思うんですけどね。

 

 

もたもと長く描いてしまいました。

あさっては、盆栽くんと【カラバッジョ展】を見にいく予定です。

以前のブログにも書きましたが、美術展にいくといろいろ話しかけられるはずなので、どんだけ小さい声でも反応できるように、今からエネルギー貯めておこうと思います。。

 

いつも思うんですけど、あんな色んな話ができる楽しい場所(美術展)で過ごす出費が、アルコールもなしで1800円とかって安くないですか?????

 

瀬汰_seta

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