対価を払う

こんにちは、瀬汰です。

今日も盆栽くんが出てくる話です。

 

以前、生まれて初めて「この絵を買いたい」と思い、売って貰ったことがあります。

一目惚れした、自分の心に刺さる、とっても美しい絵でした。

 

その絵を描いたのは盆栽くんでした。

 

絵を売って欲しいと言ったわたしに、盆栽くんはさいしょ、「タダで渡しますよ、ぜんぜん」と言いました。

 

わたしはそれを聞いて、「それでは嫌だ」とすぐに言いました。

 

盆栽くんは好意で「タダで」と言ってくれたとは分かっていたのですが、それでは気持ちが満ちないと感じました。

 

そして、自分が満足するぶんの値段を付けさせて頂き、絵を買わせて頂きました。

 


 

【対価】にはいつくか種類があるように思います。

 

食材や生活用品などに払う「必要性」への対価

交通手段などに払う「利便性」への対価

より良いものに払う「快適さ、心地良さ」への対価

好きなものに払う「自己満足」への対価

 

わたしが盆栽くんに払いたかったのは、「自己満足」への対価ではないかと思います。

 

「自己満足」は「ジコマン」と言われて、日本ではあまり良い印象の言葉ではないような気がしますが、自己が満足するというのはとっても大切なことと思います。

 

自己に何を与えれば満足するか知っていること、自分で自分の機嫌が取れるのは、健康的なことです。

 

と、かくいうわたしですがかなりこの部分に弱く。盆栽くんの絵を買ったことや、ライブ配信活動を通じて少しずつ健康になれるよう取り組んでいるところです。

 

「タダで」と言った盆栽くんへ自分は、「こんなに美しい絵をタダで貰うわけにはいかない」というようなことを言った覚えがあります。

 

自分が「美しい」と感じた感覚を、対価を払うことで肯定したかったのかもしれません。

 

また、これはこのとき初めて気づきましたが、「相手へ感謝と敬意を払いたい」という類の対価もあるようです。

 

それを教えてくれた盆栽くんには、改めて感謝だなと思います。

 

皆さんにも自分が一目惚れした盆栽くんの絵を見て貰いたい気持ちですが、それはまた、ここではない別の機会になるような気がします。

 

 

短いですが、今日はここで。

瀬汰_seta

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