面倒くさいis

日々の小さな気づき

こんにちは~。

盆栽くんがまたしても何やら楽しそうな活動をしてきたそうで、いーなーいーなーモードの瀬汰です。

 

ココ最近大きな変化がありました。長い時間、遠距離恋愛していたパートナーと共同生活を始めました。

仕事を辞める手続きもろもろ、引っ越しの準備もろもろ、それに付随するもろもろ、大変でした。

面倒くさかったです。

 

共同生活は、毎日笑いと安心感で溢れていますが、環境の変化というのはなかなか体に与える影響は大きいもので。

異様に睡眠時間が長くなったり、たくさん食べてるのに体重が減ったり、急に最近会ってない人のこと思い出して切なくなったり、色々起きています。

面倒くさいです。

 

住む地域も家も変わり、仕事ルーティンも無くなり、コミュニティも変化し、生活リズム・ルールも今までと違うので、無理ありません。

 

共同生活2日めにして「しんどい・・・・・・」と、さめざめ布団の中で泣きました。

ナニヨリしんどいのが、パートナーから【大きなキャンバスに油彩描くのダメ令】が出ていることです。

今は「2人の家」に住んでいるのではなく、わたしがパートナーの(一人暮らししていた)家に一旦上がり込んでる状態のため、生活ルールの主線はパートナーのものです。

今のパートナーからの令は絶対です。

面倒くさいです。

 

【大きなキャンバスに油彩描くのダメ令】の理由は、モノが多くなるのと、においがするのと、一度描き始めると油彩は2-3日乾かないので保管場所がないという所です。

自分も言われていることは分かるので、早く自由に描ける環境が整わないかな!とジッとステイして待っています。

 

これまでは自分のペースで環境整備をすれば済んだ話ですが、

そういう時代は終わったんだなァ。と、日々感じています。

 

 


命を燃やした燃えカス

 

パートナーの話を出したついでに。

わたしのパートナーは、わたしとは全く別の「1」を持っているうえに、「11」話さないと伝わらない人です。

面倒くさいです。

 

そんなわけで、長い時間かけてお互いの努力で、「共通の5」の言語を開拓しました。開拓するまではどやさ!どやさ!と大変な時もありましたが、今はひっじょーに平和です。

 

そんなパートナーと以前、用事で外に出掛けているときのことなんですが。

わたしはその頃作っている作品があり、出先ではっ!と閃いて、画材を買いたくなりました。

パートナーを一人で帰し、わたしだけ画材屋さんに走りました。

 

そのとき、汗だくで辿り着いた画材屋さんで、静かに、でもめちゃくちゃ盛大に泣いてしまいました。

 

パートナーと時間・空間を共にしているときに、

この画材が欲しい!今すぐ!という、自分の衝動性が出てしまったことに、とっても怖くなったからです。

 

自分の大切な価値観に反した行動をしたんだなァと感じました。

 

今後、パートナーと生活を共にしていくにあたって、優先順位を間違えてはいかんなァ、間違えたら怖い思いするなァ、と学習した日でした。

 

自分のペースで環境整備する時代

は、終焉したのですから。

 


 

絵は、わたしが命の炎を煌々と燃やした末に、舞ったり散ったりしている煤(すす)を寄せ集めて出来たものだと思っています。

 

煤を生成するために、わざわざ火をつけるのは違います。

 

わたしは絵を描くために生きているのではなく、幸せに暮らすために生きています。そのために、自分の命の炎を燃やしています。

 

わたしの命の炎を燃やすために、パートナーからも薪を貰っています。

人から貰った薪を、好き勝手使っては良心が痛みます。

 

人とともに歩むこと

は、わたしにとってとても重要なことです。

 

以前、「1の言葉~」でも喋りましたが、好き勝手やってると社会と共感する能力が衰え、孤独で死んでいくからです。

 

孤独の海に堕ちている時の絵は、まぁ見れたもんではありません。

 

気持ち悪いですし、おっかないし、「うげぇ」って思わず声が出ちゃいます。

 

そういう作品作りをしていると、孤独に孤独を塗り重ね、〝慢性自殺〟のループにハマっていきます。

 

 

一人では描けません。

 


 

昔の画家とかは、作品作りに没頭して、孤独になって、孤独のうちに死んでいった人も多いんじゃないかなーっ。って、思ったりします。

 

奥さん旦那さんがいた画家も多かったでしょうが、本人が籠って描いていても、奥さんは「相手のことを考えて」絵を描くことを止められなかったのではないかなァ。とか。

 

その点、自分のパートナーは、わたしが絵に没頭する予兆があるときに、「一人で描けないくせに」と首を突っ込んでくれるので、本当に助かります。

歴史上の画家と自分を並べるのはたいそう恐ろしいことですね。

 

自分のペースで環境整備できないのは、なかなか面倒くさいことであります。

 

生活変化の反動で出る身体反応、面倒くさいです。

共通言語の開拓、面倒くさいです。

生活のルール、面倒くさいです。

禁止令、面倒くさいです。

 

でももう、不思議なことに、面倒くささから逃げると、静かに盛大に涙が出ちゃうように身体が変わってしまいました。

 

面倒くさいことを選ばなくては、幸せに生きていけなくなりました。

 

人とともに在るための面倒くささというのもなかなか、、、、、

 

 

瀬汰でした。

瀬汰_seta

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