「こうじゃなきゃ、こうあるべき」の考え方

日々の小さな気づき
世界は曲がっている。だけど曲げられる。

昔から友人と東京で会う予定があり、その時に感じたことを書こうと思います。

 

喋っていて所々に出てくる「こうなくちゃいけない、こうあるべき」という言葉が引っかかりました。友人は完璧主義者で真面目な人です、

それがゆえ、自分を曲げられないところが多々あります。

自分を持っている人としても見れるのですが、反面に脆さ(もろさ)があって崩れるところも見たこともあります。

生きづらくないのかなと思い、もっとリラックスして、もう少し力抜けば?と言っても「無理」だと言われてしまいました。

 

社会人として「こうなくちゃいけない」なんてボクの生き方にはそんなものは存在をしないので頭の中ははてなマークだらけです。特にリゾートバイトや自転車日本一周してからはたくさんの人と出会い、たくさんの人の生き方を見てきました。

ですが、誰一人同じ人生を歩いている人を見たことはありません。

幼稚園、保育園から高校生、大学生ぐらいまではある程度のレールに乗ることができます。

みんな同じ電車に乗って前に進んでいて、「集団行動や世の中にある常識」を教科書で学びます。ですが、それらを卒業すると強制的に電車から降ろされて、「さぁ社会人編スタート」です。と車掌に言われて終点の駅でポカンとします。

 

そこからの教科書は自分が作っていくもんだと思ってます。

いや教科書じゃない、自由帳です。

 

そこに「こうじゃなきゃいけない」「こうあるべき」なんて書いてしまうと「しんどいやん、めんどくさいやん」と思ってしまうわけで、どうしてもそんなものはペンキで黒塗りにしたくなります。

もうみんなで仲良く乗っていた電車は降りています。

 

「自分次第、自己責任に自由に生きようよ!!」

 

と口で言えたら何か変わったのかなあ。。

 

口で言える度胸も責任もないので、ここに書きました。

よわいなぁ。みてほしいなぁ。

井戸から出なくちゃ、蛙になっちゃいけない

盆栽。

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