きっかけは【死】

私が生き方を変えようと思ったのは

北海道の4人部屋の小さな病室でした。

 

その日は秋の寒さが訪れた夕方でした。

当時していた仕事は馬の育成、調教をする仕事で

いつも通り馬に跨っていました。

しかし、突然馬が何かに驚き、暴走していまい、

振り落とされて、その衝撃で意識が飛び、

目が覚めた頃には体は衝撃で動かなくなっていて

一人では立ち上がることも出来ませんでした。

 

そして救急車が来て、全身を固定されたまま

病院に運ばれました。 

 

朝を起きると

首を固定され、寝たきりになっていた私は動かせるのは

左手と目と口だけでした。

ベッドの背もたれさえ自分で調整させてくれない状況で、

ご飯の時だけはベッドを少しだけ起こしてなんとか食べていました。

 

朝を起きても昼寝をしても夜にぐっすり寝ても

右手と右足の感覚はありませんでした。

その当時19歳で19年ずっと当たり前のように

使っていた右半身はピクリとも動きませんでした。

 

つねっても、叩いても感覚のない私の右半身は

重たい荷物を持つみたいに

何か邪魔なものが付いてくるという感覚で

そして、首が固定されているため、見えるものは

たまに来る看護師さんの顔と

真っ白な病室の天井でした。

 

病院に運ばれて、CT検査、MRIなどたくさんの検査をしましたが、

結果は頚椎の奥の神経が損傷しているとのことで

医者からは治るかはわからないと言われました。

 

その瞬間の絶望感は今でも忘れません。

今まで当たり前だったものがなくなる感覚は

絶望でしかありませんでした。

 

ただ、ひとつ思ったのがよく死ななかったなと。

あと、10センチズレていたら死んでいたと言われ

なんて幸運なんだと我ながら考えていました。

 

もうこうなってしまったのは仕方がないと諦め、

もし治ったら一生懸命に精一杯に死ぬ気で好きなことを

しようと決めました。

体は少しずつ回復していき、車椅子になり、歩行器になり

歩けるまでに回復しました。

 

ただ辛かったのがリハビリでした。

動かない右半身を使う運動でしたが、

できるわけもなく、ただ動かないという現実を

突きつけられていました。

握力は5〜7キロでした。

 

でも夢はたくさん出来ました。

一回死んでいるのだから、もう何も怖くないと思って

なんでも挑戦していこうと決めていたからです。

きっかけは生きているという当たり前に近くにあった

「死」でした。

人は、死を常に意識はしません。

永遠には続かないけれど、明日必ず目が覚めるだろうと思い込んでいます。

 

 ただ、人が変わる瞬間は普段ないがしろにしている「死」

かもしれません

 

最後に、私の好きな名言があります。

それはスティーブ・ジョブズが残した言葉です。

 

If today were the last day of my life, would I want to do what I am about to do today?

ーSteve Jobs

 
もし今日が人生最後の日だとしたら、今やろうとしていることは 本当に自分のやりたいことだろうか?


 

盆栽

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